市民美術大学 2015 植松 由佳
現代美術作家について語る 束芋の味

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2011年、第54回ヴェネチア・ビエンナーレの日本館で発表された《てれこスープ》という出品作品についてご紹介しましょう。私は日本館コミッショナーという形で関わり、束芋を日本館を代表する作家として選び、展覧会を行いました。この時どのように束芋に決定したかというと、前年にコンペが開催され、そこで決定されました。コミッショナーの候補者が5名おり、コミッショナー候補それぞれが作家を選び、どのような展覧会にするかをコンペ案としてまとめ、選考されました。自分が2010年にコミッショナー候補として選ばれた時、日本を代表する作家として束芋をぜひ紹介したいと思ったのです。そして作家を紹介するにあたってどのようなテーマ設定をすればいいか考え、決めたテーマが「超ガラパゴス・シンドローム」というものでした。
 「ガラパゴス・シンドローム」、または「ガラパゴス化」という言葉は皆さん聞かれたことがあるかもしれません。よく例に出るのが携帯電話です。日本の携帯電話のメールや様々な機能は、この国の中でのみ高度で、しかも特殊な進化をとげていて、海外とは違うシステムになっていました。日本国内での標準と世界での標準がかけ離れている状況を一般的に指す言葉です。携帯以外にもいろいろと日本国内だけで標準になっているもの、それゆえに世界で通用しないものがあると思います。使えないどころか、それに依存していたがために、海外での競争力がなくなってしまう、ということが少し前に話題になっていました。テーマを「超ガラパゴス・シンドローム」と決めた時、私は日本の現代美術のことを考えました。数年前にCCAのキュレーター・ミーティングが開催され議論した時にも、日本の美術・世界の美術をどう考えるかがテーマの1つにもなりました。私たちの教科書に世界史と日本史がありますが、同じように西洋美術史と日本美術史、二つの流れがあります。日本にはこの国ならではの美術の歴史があります。現代美術において、この国の美術の歴史を国際的な動きの中でどう位置づけていくべきか。日本美術史と西洋美術史が交錯する地点、合流することはないのだろうか、そういうことをいろいろ考えていました。束芋は、最初は「にっぽんの」という題材を用いて活動を始め、ある意味「日本的な」作家として取り上げられていました。しばらくすると逆にそれを武器にして海外でも活躍し、いつの間にか海外の美術の文脈に取り込まれていきました。つまり、「ガラパゴス・シンドローム」として成長していき、やがて枠を超えて世界の中に出ていったということです。
 作品を発表する日本館の建物の構造や位置も考えました。日本館の周囲には、韓国館、イギリス館、フランス館、ドイツ館、スカンジナビア館など、各国のパビリオンが立ち並んでいます。1920年代から各国のパビリオンがビエンナーレ会場の敷地公園内に建てられましたが、パビリオンの配置は1920年代の世界の列強の縮図でもあります。世界の力関係が、ビエンナーレ会場のパビリオンの陣地合戦、場所取り合戦として現れています。日本館は20年代にスペースはありましたが、世界恐慌や第二次大戦などで、なかなか費用が工面できずに建設出来ませんでした。50年代になり、もしこのまま建てないのであれば他の国に場所を譲るというタイミングになり、ようやく1956年、石橋正二郎氏の寄付によりパビリオンが完成しました。今でも現代美術のオリンピックという表現がされ、今年56回目を迎えますが、スタート当初から世界の中でいかに各国が美術を武器にして外交を行っていたかが見てとれます。吉阪隆正という建築家により、自然と共生するという考えによって設計された日本館パビリオンは、天井と床に穴が開いています。そこを抜けていくと、そこはいわば世界だったわけです。そういう意味でも、束芋という非常に日本的な技術を持つ作家でありながらも、それを世界の美術の中でどう考えるかということを、ガラパゴス・シンドロームを越えて、このビエンナーレ会場で作品を発表していきたいというのが、そもそもの発想でした。
 束芋と二人で話をしていたときに、彼女が提示したのは「井の中に生きているカエルはほんとうに世界が狭いのか?」と言う問いかけでした。井の中の蛙(かわず)ということわざがありますが、ほんとうにそのカエルが住む井戸は果たして狭いのかどうかという疑問です。それに対するアンチテーゼとして出てきたのが、私の「超ガラパゴス・シンドローム」というテーマでした。日本の中で、美術や思考を発展させていく、その日本は実はそんなに狭くはないのではないか。また一歩踏み出すことによって、世界とつながることができる、それは全く狭いとは言えないのではないかということです。そのような束芋の対話から作り出されたのが《てれこスープ》という作品です。
 日本館は、展示の難しい複雑な空間をしていますが、全面的に映像を投影させ、それも部分的には鏡を使って見せる方法をとりました。この作品も全部束芋の手書きによるドローイングから作られました。一枚一枚手書きのドローイングを積み上げて、アニメーションにしていく。今は浮世絵からのものだけでなく、様々な色が使われています。また、音の使い方が束芋はユニークですが、それも自分自身で制作しています。一般的な「音楽」というより、不思議な音使いをしています。自分自身でキーボードを弾いたり、ギターを鳴らして、コンピュータ上でそれらを加工して、映像に組み合わせていきます。では《てれこスープ》を少しご覧いただきたいと思います。

【上映】

先ほどご覧いただいた99年の《にっぽんの台所》と比べてずいぶん違いがあるのに、皆さんお気づきいただけるかと思います。最初の作品というのは、辛辣(しんらつ)なところがあります。極端な引用ではありますが、日本の社会で起きている事象を、冷静に紡ぎ合わせていったのが初期の作品です。一方で、ヴェネチア・ビエンナーレで発表された《てれこスープ》では、一つ一つ描かれたモチーフ、要素は具体的かつ具象的です。植物や食べ物などで、日本を想像させる部分もあるのですが、一方で全体的な印象は非常に抽象的です。そこに、一年間のイギリス滞在を経て大きく転換した束芋を見ることができます。心象風景であるとか、束芋の心の中に潜んでいるものが作品として描きだされ、モチーフは非常に具体的でありながらも、作品として成立したときには、鑑賞者には抽象的な表現として伝わることがある、というのが、今の束芋の作品の一つ特徴として挙げられると思います。
 この作品が発表されたのは2011年6月でしたので、東日本大震災の影響があってこの作品が作られたのかという質問はよく受けました。このプロジェクトは震災が起こる1年前からスタートしていましたし、この作品を描き始めたのは2010年暮れからでしたので、水のシーンや、祈りに通ずるような花のシーン、また津波に襲われるような何かを連想させるシーンなどが見られますが、すでに3.11以前に束芋の構想はできていました。ですから、この作品は震災に直結はしていません。ただ、タイミングもあったと思いますが、震災と結びつく形で作品が理解されたということがありました。作品が抽象的に作りあげられることによって、鑑賞の幅、いわば束芋の作品の味わい方の幅というものが広がりを持ったとも言えるでしょう。「にっぽんの」シリーズでは、味というものが決まっていて、鑑賞者にも、味わい方がある程度想定できたようなところもありました。イギリス滞在以降、私たちの持っている体験値に作品が結びつくようになり、それによって束芋の味わい方も少しずつ変わってきていると言えるのではないかと思います。

束芋は現在、南フランスのアルルにいます。そこにあるアルル・ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ財団美術館で来週から展覧会が始まるので、その準備中です。昨日、「明日北九州で『束芋の味』と題してレクチャーをします」とメールしたら、束芋から返信がありました。「私の悪いところを言ってください。味わいの良さだけでなく。私の怒りっぽいこと、子どもじみていること、イライラすること、そういう悪いところも皆さんに説明してください」と。私は、「そういう所も作品の制作にいい方向で結びついていると思う」と返事を送りました。最後に、作品以外での束芋の味についてのエピソードについてお話ししたいと思います。
 私の肩書きは国立美術館の研究員、つまりキュレーターと呼ばれる立場の人間です。ですから私にとっては束芋と彼女の作品は調査研究の対象でした。束芋の展覧会を何度か手がけるうちに見えてきた、作品以外の束芋の味は、とてもクセになる味で、ある意味刺激の要素が強いです。昨日は甘かったが、今日は辛かった、でもやめられないという感じでしょうか。日々味が違うからこそ、ちょっとクセになってなかなかやめられません。アーティストもそれぞれで、方向性があまり変わらずにずっと展開を続けていく人もいますし、束芋のようにいろいろな方向にディレクションが変わり、今度はこういう展開をして、こっちに進んでいるのかと、様々な楽しみを味わわせてくれる方がいます。
 束芋はまず会場を下見するところからスタートします。ヴェネチア・ビエンナーレのコンペ案を提示する時は、実際の場所を訪れることができませんでしたので、図面や写真を通してその空間を調べ、そこでどのような作品にしていくか、どのような空間を作り上げるかを考えてきました。映像ですから、平面のみと思われがちですが、束芋の頭の中には彫刻的な空間という考え方があります。自分の作品を、空間として、スペースとして見せていくかということが重要になってきます。そこには、作品だけではなく、それを見る観客も含めて作品として成立する、という強い思いがあります。
 「私の悪いところもお話ししてください」と束芋は言いましたが、その悪いところはとてもいいところでもあります。束芋自身が言う、「怒りっぽいところ」というのは、こだわりにつながるところがあって、アーティストにとってはなくてはならない部分です。束芋には信念を曲げないところがあります。こうだと思ったら絶対それが揺るがない。もちろん、時にはそれが間違いであることがあるかもしれませんが、それを説明するためには、こちらも負けない信念をもって話をしないと束芋は納得してくれません。ですから担当学芸員として、いつも真摯(しんし)に束芋と向き合いながら対話を積み重ねています。その揺るがない心が制作につながっていきます。
 ヴェネチアの日本館での展示には、18台のプロジェクターを使いました。それを6カ月の会期中、メンテナンスも含めどう作品を見せていくのかということは、難しい課題でした。例えば絵画や彫刻であれば、よほどのことがない限り壊れることはありえません。でも映像作品は、プロジェクターやスピーカー、コンピューターなど様々な機材を使うので、トラブルが起こりやすいです。わざわざ観客の方が足を運んでくださったのに、「機材不良で今日は作品がご覧いただけません」という日があるかもしれません。それが束芋は嫌なんです。でもやはり機械のことですから、トラブルの可能性をゼロにはできません。でも束芋は「ちゃんとしてください」と言い、こちらはメンテナンスを考える。ですから束芋と仕事をしていると、学芸員としてとても学ぶところも多いですし、一般的な映像展示に向けて学ぶところもあり、刺激にもなるということがあります。


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