市民美術大学 2015 平野 到
ミラノの虎 タイガー立石のイタリア時代

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ポップアートの流れでは、漫画をモチーフにした作家はたくさんいます。わかりやすい例はリキテンスタインでしょう。でも、例えばリキテンスタインの場合は、既成の漫画のイメージを絵画に引用しています。漫画を素材や手段にして、最終的には絵画にまつわる問題を考えた作品と言えます。漫画によって絵画の問題を批評することが一つの目的になっているのです。それに対してタイガー立石のコマ割りをもとにした油彩画は、引用ではありません。漫画のコマ割りのストーリーも含めて、すべて自分が考えているわけです。それは漫画でもあり、絵画でもある。絵画であると同時に、漫画でもある。だからタイガー立石にとっては絵画のために漫画の表現を利用している、という感覚はあまりなく、むしろ両方を対等なものとして扱って一枚の作品に仕上げていると捉えるべきです。このコマ割り絵画を、イタリア時代に100点ほど制作しています。
 作風の大きな特徴として挙げられるのは、鮮烈な色彩でキッチュともいえる感覚を大胆に取り入れているところです。物語はありますが、言葉はほとんどない。若干例外はありますが、概ねイメージと場面だけの展開によって、物語が進行していきます。視覚的であり、ビジュアルな性格が強い。物語はどれも徹底的にナンセンスで、非現実的なことが起きている。作家自身も語っているように、子ども時代から大好きだった杉浦茂のナンセンス漫画に通じる部分もあり、また答えが定まらない禅問答のようなものからの影響も感じられます。タイガー立石が60年代に出会い、その後生涯大事にしていた本の中に、禅の公案集『無門関』があります。中国の宋の時代の禅の公案集で、48の公案が取り上げられています。その中の一つに「牛過窓櫺(牛が窓格子を過ぎる)」という題があります。水牛が窓の格子を通り過ぎ、頭も角も脚もすべて通り過ぎて行ったのに、尻尾だけが通り過ぎることができない、それはなぜか?といった内容です。様々な解釈が可能ですが、タイガー立石はその公案を元に、牛を虎に置き換えて、1966年に絵画を描いています(図2)。

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図2) 立石紘一《虎過窓櫺》1966年、油彩

それをさらにパロディ的に改変して、漫画にも描いており、フランスの雑誌『プレクサス』にも掲載しています。これらの作品は、ルネ・マグリットの有名な《白紙委任状》を連想させる作風とも言えます。
 コマ割り絵画のもう一つの大きな特徴として挙げられるのは、時間の要素を取り入れて、イメージや空間をダイナミックに操作、変容させていることです。例えばコマの進行とともに空間の内側と外側が反転してしまう世界、言い換えれば位相幾何学(トポロジー)に通じるような世界を好んで描いています。1973年に描いた絵画《The entered landscape》は、車内に外の風景が入り込んできて、車の内と外がコマの展開とともに反転していきます(図3)。

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図3) タイガー立石《The entered landscape》1973年、油彩

1978年に制作した作品では、家の煙突から家の中身が少しずつ出てきて、最終的には屋上に家の中身が全部出てしまう、要するに家の内と外が全部入れ替わってしまいます。また、天地が反転して重力や空間感覚が狂っていくような表現、極端な遠近法や逆遠近法を使って空間を操作する表現なども、タイガー立石のコマ割り絵画の特徴としてあげられます。さらに、形や色に着目してイメージを大胆に変容させていく手法も、指摘できるでしょう。1973年の《Orange moon》(図4)では、月のクレーターが割れ、表面が剥けていき、中からオレンジのようなものが出現します。そのオレンジの房が分かれ、半月のように空に浮かんでいます。まさに円い形、オレンジの色などに着目して、イメージを変容させています。

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図4) タイガー立石《Orange moon》1973年、油彩

このように見ていくと、コマ割り絵画のストーリーは、時間、空間、イメージが移り変わっていく描写と直接的に連動しているのがわかります。さらに踏み込んで言うならば、タイガー立石のコマ割り絵画とは、イメージの変容や時空間の展開の面白さを引き出すためにこそ、物語的な形式が借用されていると捉えることができるのではないでしょうか。だからこそ、物語は徹底的にナンセンスなほうが良いのです。物語がナンセンスのほうが、イメージや時空間の変容そのものの魅力が際立ってくるからです。見る側は、言葉や言語による物語を楽しむのではなく、イメージや時空間が変わっていくプロセス自体から視覚的なドラマを感じ取っていく。それがタイガー立石のコマ割り絵画の最大の魅力なのです。タイガー立石はSFや映画も大好きでしたから、そういったことがイメージの変容の表現と深く関連していると思います。ですから、コマ割り絵画にはスペクタクルを感じさせる作品が少なくありません。例えば《Cubic worlds》という1971年に発表されたコマ割り絵画では、グリッド状の空が現れ、それが大地に降りてきて、大地を分割し、最終的にキューブ状に大地が砕けていく展開です。このような宇宙的な規模、SF的でコズミックな展開も、タイガー立石のこの時代のコマ割り絵画の特徴です。

コマ割り絵画をミラノで精力的に制作していたところ、知人からある画商を紹介されます。アレクサンドル・イオラス(1907〜1987)という、世界的に活躍していたギリシア人の画商兼コレクターです。ミラノに来て3年目、1972年にイオラスに最初に会っています。イオラスは戦前、バレエの振り付け師として活躍していました。戦後ニューヨークでギャラリーを立ち上げて、ミラノ、パリ、ジュネーブなど、世界各地でギャラリーを経営していました。イオラスは50〜70年代半ばにかけて精力的に活動しており、イオラスと仕事をしていた作家の中には、ルネ・マグリット、マックス・エルンスト、ジョルジュ・デ・キリコ、アンディ・ウォーホルら20世紀を代表する作家が多数含まれています。現在のガゴシアンのような画商と言えるかもしれません。
 このイオラスがタイガー立石の作品にたいへん興味を持つのです。会ってすぐ、10点ほどのコマ割り絵画を購入し、その後も定期的に作品を購入し続けました。そしてイオラスは、数年間のあいだにタイガー立石の個展を3回開催しています。1972年の最初の個展はジュネーブのイオラスの画廊で開かれ、そこでタイガー立石は初めてコマ割り絵画をまとめて発表しています。75年にはニューヨーク、76年にはパリで個展が開かれました。ところがイオラスは60歳半ばを過ぎていたこともあり、76年にはニューヨークの画廊だけを残し、すべての画廊を閉めてしまいます。画商として活躍した晩年の時期に、イオラスがお気に入りだった若手作家の一人が、タイガー立石だったと言えるでしょう。


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