CCA建築ワークショップ 金田充弘氏
「建築の保存と活用、その対象と方法を問う」
金田充弘氏x宮本佳明氏x曽我部昌史氏x小川次郎氏
「建築を残すための力」

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第2部  シンポジウム
金田充弘氏x宮本佳明氏x曽我部昌史氏x小川次郎氏    
「建築を残すための力」

『なかなか良い建築』を巡って

【宮本佳明】
 金田さんの保存に対する考え方をじっくり聞くのは初めてですが、『なかなか良い建築』という言い方は面白いですね。建築は、たとえ文化財的な価値を持っていなくても大切なんです。自分の話になってしまいますが、私が設計事務所として使っている建物が築110年ぐらいの木造長屋で、20数年前には阪神淡路大震災で「全壊」の判定を受けました。一度、取り壊すことを決めたものの、思い直して鉄骨で補強して今も設計事務所として使い続けています。その時気付いたことが、たとえ文化財的な価値を持たなくても、建築というものはそもそも記憶の器としての側面があるということです。
 今朝、ワークショップを始める時に「記憶」というキーワードが出ました。建築はモノとして存在する一方で、人々の想いを伝えるメディアのような役割もあって、たとえば我々は昔の思い出を想起する時に、出来事だけじゃなくて、その背景や風景、あるいはどんな場所でその体験をしたのかが必ずセットになっている。だからその背景や風景を形づくる建築が失われるということは、思い出自体がなくなってしまうということを意味する。そういう意味で、金田さんがおっしゃる『なかなか良い建築』を残していくのは本当に重要なことだと思いながら聞きました。

【曽我部昌史】
 私も『なかなか良い建築』という考え方に非常に共感を持ちました。仲間と共同で設立した私の事務所、みかんぐみが去年NHKの海外ロケ番組に取り上げてもらったことがあって、その時にみかんぐみがやってきた仕事を振り返ってみると、リノベーションが結構多かったんです。その時に気が付いたことは、都市の記憶装置として建築を考えた時に、ひとつはその街に対する佇まいそのものがある種の記憶装置として機能する場合と、もうひとつはそこで行われていた生業、つまり建物の役割が記憶装置になっている場合があるということです。後者の場合は、その生業になるアクティビティを継続的に繋ぐための何かが上手くいけば、その見た目は変わっても構わない。どうしても経済活動と同時にあるので、あまり何かをリンク付けると建築のデザインにできないじゃないですか。そのように大きく2つに分けられると気付いたことを思い出しながら話をお聞きしていました。
 建築を保存して使い続ける時に、我々にとって直面する大きな問題は、構造の補強に意外と費用がかかるということです。一番いいのは構造に遡及せずに使い続けることですが、遡及せざるを得ないときはいかに構造に費用がかからない方法で対応するかということになります。先程金田さんがおっしゃった『なかなか良い建築』のように、使い方を変えてしまうことが良いと思います。しかし、使い方を変えるとなった瞬間に我々は「用途が変わる→確認申請の出し直しが必要→構造計算書を出さなければいけない→金がかかるじゃん」ということを考えなければいけなくなります。なので金田さんには、費用がかからない方法を編み出してほしいと期待しながら聞いていました。あとで詳細を教えてください。

【小川次郎】
 古いものを何とかして耐震補強することは技術的にできないことはない、どんな建築でも改修しようとすればできる、ただ「何のためにするのかが問題だ」ということを仰っていた気がします。
 一般的にエンジニアは、ある問題に対する技術的な解決をする人と位置づけられていると思います。しかし、今日の話では技術的なことはあまり出ず、むしろひとつ文化財級のものを残すことも大事だが、『なかなか良い』ものが多く残っていることで街並みが残る、街並みを残すために技術を使うというようなストーリーに聞こえて、面白いと思いました。繰り返しになりますが、やっぱり何のために技術を使うの?ということを踏み込んで考えていらっしゃる、もちろん良い意味でなんですけど、エンジニアというよりやや別の世界に半分足を踏み込んでいらっしゃるような姿勢が、とても刺激的に思えました。

【金田充弘】
『なかなか』という言葉がヒットしましたので、ここでちょっと白状しておかないといけないなと思ったのですが、『なかなか良い建築』という言葉は、私が発明した言葉ではありません。『なかなか』のルーツは『なかなか遺産』が本家で、東京大学の村松先生や腰原先生が『なかなか遺産』を認定する活動をされています(※1)。いわゆる世界遺産のような素晴らしいものだけじゃなくて『なかなか』良いやつを探してくるという活動をされていて、私はとても共感しました。私は『なかなか遺産』にはいかないもっと普通の『なかなか良い建築』も大事なんじゃないかという風に思っています。

八幡市民会館・八幡図書館の保存について

【宮本佳明】
 先程、八幡市民会館と八幡図書館を見学されてどのように思われましたか。特に技術的な意見を伺えたらと思います。

【金田充弘】
 八幡図書館、八幡市民会館どちらも素晴らしい建築で、残すのが当然だと思います。では、どのように残すのか。技術的なことを考えると、どちらもそれ程難しくないと思います。八幡図書館の方はピロティをどのようにするのかという話があります。そして、八幡市民会館の方ですが、ホールには、舞台の上にフライタワー(写真6)と呼ばれる設備スペースがあります。

写真6
写真6 八幡市民会館フライタワー

フライタワー(※2)は構造的に弱いので、どのように補強するのかがホールの補強の課題となります。
 肝となっている舞台の幕が下りるスペース周辺は意外と健全でした。フライタワー裏の楽屋などの小部屋が引っ付いているところは構造的に弱いですが、壁を足して補強することはできるのではないかと思いました。
 八幡市民会館の構造はかなりしっかりしたRC造で、一部SRC造(※3)になっています。ホールは途中に階がないので、やはり柱が長いというところが他の建築物よりも構造的に厳しいところではあります。ただ大体はホール空間の外側つまりホワイエの所にハチマキ状に床が付いていて、中はがらんどうでも外側では固まっているものです(図2)。

図2
図2 八幡市民会館2階平面図

八幡市民会館の場合は、座席に角度があります。そのため、ホール側(写真7)とホワイエ側(写真8、9)に複雑なレベル差があります。その間で、水平力をどのように伝えていくのかは1つの課題になりそうです。

写真7
写真7 八幡市民会館ホールの内観
写真8
写真8 八幡市民会館2階ホワイエ
写真9
写真9 八幡市民会館ホール脇の空間

ホールを見た方の中には、急すぎる、怖いとおっしゃっている方もいました。私は臨場感のあるホールが好きなので、個人的にはこのままホールとして使ってほしいなという風に思いましたが、色々と積極的に用途を変えるということも可能だと思います。もし用途を変えるのであれば、用途を変えるなりの補強の仕方があると思います。ホールとしての使用を止めるのであれば様々な可能性が広がります。
 たとえばこのフライタワーの部分ですね。スコーンと抜けていてそこに舞台装置を残さなくていいとなるとすごく不思議な高い空間が抜けているので、それを上手く使えるような用途があれば面白いですね。あるいは、そうじゃなくてそこにもう床を貼ってしまうんだということであれば、また別の補強の方法があると思います。用途によってはホール内に耐震要素を設けることも出来るでしょうし、そのへんは色々な提案の可能性があっていいんじゃないかと思います。
 八幡図書館は取り壊されると聞いて、非常に残念だと思っています。例えば、イギリスではファサードを一枚残して、その中を全て壊し、建て替えるという事例があります。八幡図書館の場合も同様に、特徴的なファサード(写真10)を四面全部残すことが理想です。

写真10
写真10 八幡図書館ファサード

それが難しいのであれば、二面だけを残し、残りを取り外してその中に新しい建物を建てるなど、全部を取り壊すのではなく、一部を残すことによって「記憶」の継承ができるのではないかと思いました。


※1 なかなか遺産
世界遺産や国の重要文化財に認定されずとも、次代に残し、伝えたい建築物。2012年12月、東京大学総合地球環境学研究所の村松伸、腰原幹雄両教授が共同代表となり、国際なかなか遺産推進委員会を設立(http://nakanakaisan.org)。


※2 フライタワー
主舞台上部に位置し、背景幕や道具を上下させたり、照明器具やマイクを吊ったりする設備を収納する空間。


※3 SRC造
鉄骨鉄筋コンクリート造の略称。鉄筋コンクリート(RC)の芯部に鉄骨を内蔵した建築の構造もしくは構法。


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