CCA建築ワーク・ショップ 五十嵐太郎氏
「建築/アート/リノベーション」
五十嵐太郎氏x笠原一人氏x倉方俊輔氏
「八幡市民会館の可能性と、北九州の未来」

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2015年8月31日 CCA建築ワーク・ショップ
五十嵐太郎 氏 公開レクチャー
第1部 「建築/アート/リノベーション」

リノベーションに関しては、最近出版された雑誌『BRUTUS』で、「約束建築。」という建築家10組がリノベーションを手がける特集が組まれました。以前の一般誌で建築特集を組むときは、新築を取り上げられていたのですが、今ではこのような特集が組まれるなど、リノベーションが広く注目されています。
 私自身がリノベーションというテーマで最初に本を出したのは 「リノベーション・スタディーズ」という連続シンポジウムをまとめたものです。会場は月島にあるTAMADA PROJECTSというアートギャラリーで、これは日本としては割と珍しく、銀座にある小さいギャラリーとかとは違って倉庫を使ったダイナミックなギャラリースペースです。そこを舞台に建築家や研究者をお呼びして、当時注目され始めていたリノベーションを巡ってシンポジウムをやっていくうちに本の企画になって、2003年に刊行されたのがこの本です。それで出版記念に一回トークイベントをやったところ、また弾みがついて再起動し、シンポジウムを連続でやっていくうちに、2005年に『リノベーションの現場』という別の本が彰国社から出ました。
 今回のレクチャーでは、リノベーションに関するテーマを建築とアートにまたがってお話しようと思います。

あいちトリエンナーレ2013

あいちトリエンナーレ2013は愛知県の名古屋市と岡崎市で開催された芸術祭で、私は芸術監督を務めました。一般には美術界の人が芸術監督を務めますが、珍しいことに建築出身の私が務めることになりました。ちょうど2011年の東日本大震災もあって、「揺れる大地―われわれはどこに立っているのか:場所、記憶、そして復活」とストレートなテーマを付けた美術展ですけれども、建築出身の私が芸術監督を務めることになったので、やはり建築がこういった芸術祭にどうやって関わりを得るかということに興味がありました。全体の出展者の総数からすると、必ずしも建築家が多いわけではありませんが、結果的に建築家が比較的印象に残るプロジェクトを行っていました。
 最初に宮本佳明さんの『福島第一さかえ原発』を紹介します。これは宮本さんが、メイン会場である愛知芸術文化センターという巨大な文化複合施設の中に、福島第一原発がちょうどすっぽり入るということに気がついて提案されたものです。芸術文化センターの床、壁、天井に、福島第一原発の原寸の図面をテープでトレースするというか、写経のように写し取って、そのスケール感を直接1/1で体感できるようにしたものです。福島第一原発と芸術文化センターと融合するというか、福島から転送されてきた感じです。
 建築家ならではの発想だと言えますし、規模としては最大級の作品です。宮本さんが阪神淡路大震災後に木造の実家に鉄骨のフレームを重ねて修復した『「ゼンカイ」ハウス』(写真1)にちょっと操作が似ていて興味深いですね。芸術祭としてシンボリックなプロジェクトになりました。

写真1
写真1 「ゼンカイ」ハウス
建築家・宮本佳明氏の作品。阪神・淡路大震災によって「全壊」判定を受けた木造長屋を、重量鉄骨で補強している。現在は、自身のアトリエとして利用されている。

もうひとつのメイン会場である名古屋市美術館は、黒川紀章が設計した80年代のポストモダン建築です。この名古屋市美術館を一時的にリノベーションするとしたらどのような可能性があるかという無理難題を、建築家の青木淳に依頼しました。
 どのような操作をしたかというと、まず正面のエントランスを建物の裏側に変えました。来場者に今まで見られることのなかった背後の鳥居や茶室などのポストモダン的な要素に、目を向けるようにするためです。動線を変えることによって、いつも見ている美術館自体の見え方を変えたわけです。
 次にこの建築が元々持つ2つの軸線を感じられるようにしました。1階を3分割してアフルレッド・ジャーの作品を両サイドに配置し、室内を歩いていても、本来の中心軸が感じられるようにしました。さらに、1階と2階の間にある吹き抜けに、斜めの軸に沿った階段をはめ込むことで、2つの軸が傾いて連結しているのが内部空間に居ても感じられるようにしました。
 また、全然使われていなかったトップライトをフルオープンにするなど、オリジナルの建築のスペックを活かしながら、結果的には青木さんと彼がパートナーとして選んだアーティストの杉戸洋の空間になりました。
 ちなみに、青木淳は『原っぱと遊園地』という有名な本を書いていますが、そこでリノベーションとも関係するアイデアを提示しています。要約すると、遊園地はすべての形と機能がぴったりくっついており、ここでは走れ、ここでは座れ、ここでは遊べといった非常に窮屈な空間であるとし、一方で原っぱというのは、ここで何をしろというものがなく、否定されることがない自由度を持つ空間であるというようなことが書かれていました。彼はこの原っぱモデルを推奨しています。リノベーションの中にはこの原っぱモデルのように、形と機能のズレを生かすというものがあると思います。

廃墟になる自由

日本は非常に素早いサイクルでスクラップアンドビルドを繰り返しており、廃墟になる自由が少ないのではないかと思っています。つまり、保存問題になると、「今すぐ壊すのか、そうでなければ、今すぐ役立つ方法のどちらかを提示しろ」という話になり、大抵は壊されてしまいます。しかし、第3の道として、「とりあえず、そのままにしておく」と認められることが少ないのではないかと思います。
 この話をする時、いつも私はパリのオルセー美術館(写真2)を思い出します。

写真2
写真2 オルセー美術館
オルセー美術館の建物は、もともと1900年に建てられたオルセー駅の駅舎兼ホテルであった。1986年、ガエ・アウレンティにより、19世紀美術を展示する美術館にコンバージョンされた。

オルセー美術館の前身であるオルセー駅は80年代に、フランソワ・ミッテラン大統領の政権下で実行されたグラン・プロジェ(※1)の1つとして選定されました。1900年頃の印象派の絵画や美術作品を展示するというコンセプトと、グラン・プロジェのコンセプトが上手く繋がり、美術館にコンバージョンされました。オルセー駅は半世紀ほど、パリのど真ん中で廃墟として放置されていたからこそ、事後的にそれを使う道が発見され、美術館として上手く活用されています。なので、今生きている私たちがすべての英知を持っているとは思わず、未来の人にその使い方を委ねるというのも1つの道ではないかと思っています。
 日本の建築は明治時代から、近代化や洋式化、モダニズムなどをヨーロッパから輸入したりして、がむしゃらに学んできました。そして、気がついたら日本の建築家は海外の建築家を追い越していたというのが60年代くらいじゃないかなと思います。メタボリズムの建築などがそうですね。そういう時代に建てられたすごい建物が、新たに建物を作るという話で壊されるならともかく、それすらもなく、とにかく予算がついたという理由だけで取り壊すという話になっている。地方の財政が厳しい中で、特に使い道がないから今ある資産を自らの手で壊していくというのはやっぱりオウンゴールだからやめようねと思うわけです。
 ちなみに廃墟からのリノベーションとして個人的に印象深かったのは、ラカトン&ヴァッサル設計の『パレ・ド・トーキョー』(写真3)です。

写真3
写真3 パレ・ド・トーキョー
パリ・セーヌ川沿いにある、現代アートを中心とした美術館。2002年よりフランスや世界の現代美術を発信する場としてオープンした。

元々の建物は30年代の万博でモダニズムの揺り戻しがあって、ちょっと保守的な古典主義に戻って造られたモノですが、すごい天井高のあるまさに現代美術向きの大空間を持っています。驚いたのは、廃墟を廃墟のままにリノベーションしたということです。日本でリノベーションすると、ちゃんと完成させちゃうんですよね。ここでは、予算がないのだったら、とりあえず天井を剥がしたまんまでいいし、段々整えていけばいいのではないかと。完成させないまま現代美術の場として機能させているという面で、すごく自由で良い空間だなと感じました。


※1 グラン・プロジェ
フランスの首都パリで1985年から1989年にかけてフランソワ・ミッテラン大統領の政権下において実行された都市再生プロジェクト。


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