CCA建築ワーク・ショップ 五十嵐太郎氏
「建築/アート/リノベーション」
五十嵐太郎氏x笠原一人氏x倉方俊輔氏
「八幡市民会館の可能性と、北九州の未来」

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五十嵐太郎 公開レクチャー
第2部 五十嵐太郎 × 笠原一人 × 倉方俊輔 鼎談 
「八幡市民会館の可能性と、北九州の未来」

【宮本佳明】
今日は、五十嵐太郎さん、笠原一人さん、倉方俊輔さんと三人も著名な歴史家をお呼びしました。なかなか同時にこの三人の顔ぶれが揃うことはないと思います。お三方とも歴史家ですが、普段の活動を通してリノベーションやコンバージョンに積極的な可能性を見出されているように感じています。五十嵐さんの言葉を借りると、「原理主義的な保存論を振り回さない」ところが共通点ということになるのかも知れません。
 最初に少し自分の話をさせていただきたいと思います。私は兵庫県の宝塚というところで生まれ育ち、12年ほど東京で暮らしていた時期がありましたが、その後また宝塚に戻り、以来ずっと宝塚をベースに仕事をしています。宝塚は村野さんが最後に暮らした街です。作品としては、宝塚カトリック教会、市庁舎、宝塚ゴルフクラブと八幡と同じく3つの建築が残っています。思い返してみると、カトリック教会は小・中・高と通学路の脇にあって、当たり前のように毎日見て育ってきました。友人が結婚式を挙げたこともあります。それらがなくなってしまうと、ほんとに悲しいなと思います。今日は八幡の皆さんと同じく一市民として村野建築と街のことを考えていければと思っています。
 まず笠原さんにお聞きしたいと思います。昨年、地元の方々を中心に八幡市民会館リボーン委員会が発足しました。笠原さんは、そのリボーン委員会が主催した市民会館リノベーションアイデア募集(※6)に応募されています。その応募案を踏まえてお話しいただけたらと思います。

八幡市民会館の再生活用

【笠原一人】
 八幡市民会館は村野さんの特徴がよく現れた建築だと理解しています。確かにモダニズム建築ではあるけれども、同時に様式的な要素、例えばファサードが三層構成を持っています。これは丹下健三の建築にはない特徴です。また、鉄の色をイメージしているのでしょうか、茶色いタイルに覆われたコンクリートの外壁が重厚な組積造に感じられる一方、宙に浮かんでいるようにも感じられます。微妙な膨らみを持った大きなボリュームが、水平に伸びたガラスのスリットの上に置かれています。重く見せておいて同時に軽く見せるという矛盾をつくり出しているわけです。これは村野さんの特徴がよく表れた建築だと言えます。そういう意味でも、ぜひ残したい、残すべき建物だと考えています。
 リボーン委員会の再生活用アイデア募集では、美術館として活用するのが適当なのではないかという提案をしました。北九州には、元々ずいぶん早い時期から現代アートの活動があります。市立美術館は1970年代に磯崎新さんの設計でオープンしています。八幡にもまさにこのCCA北九州があって、早くから現代アートや建築に注目し幅広く活動を続けてきました。そのCCAが核となって、市民会館を美術館として活用していくのがよいのではないかという提案をしました。この建物のように作品性の高いモダニズム建築で、大胆なリノベーションをやったものは、世界的に見てもこれまで事例がないように思います。ハードルの高いチャレンジにはなりますが、実現できたら間違いなく世界に自慢できるものになります。そのような積極的な意味も込めて、美術館が面白いと考えています。

【宮本佳明】
 五十嵐さんも確かこの八幡市民会館リノベーションアイデア募集に応募されていましたね。先程のレクチャーも踏まえながら、再生活用のアイデアについてお話し頂きたいと思います。

【五十嵐太郎】
 私もアートの場として提案をしています。現代アートは、ホワイトキューブ(※7)に置く一般的な作品もあれば、特定の場所からインスピレーションを受けて制作された、その場所でしか体験し得ないサイトスペシフィックな作品もあります。そういう意味で現代アートであれば、あの市民会館で様々に抱擁が可能であり、ある意味使いやすいのではないかと思います。そこを訪れることによって、人々がインスピレーションを受けるような場になり得るかなと思います。
 また今回八幡を訪れて、改めて村野さんの建築が群として存在することは、建築を1つ1つ足した以上の大きな価値があり、人々にインスピレーションを与える場になり得ると思いました。
 最近、横浜では旧三井物産横浜支店倉庫(※8)が取り壊されましたが、これは時期が異なる3つのビルが連続的に建ち並ぶ状況そのものに意味がありました。つまり、日本におけるコンクリート技術の初期の発展をたどれる建物の1つがなくなってしまったのです。そのような群として持っている強さや時代背景を考えると、1950年代というのは、戦後の日本が復興していく中で、公共建築を建てることに市民が大変喜んだ時代だったと思います。

【宮本佳明】
 今ちょうど「群」という話が出ましたので、ひびき信用金庫の屋上から撮った写真をお見せしたいと思います(写真5)。

写真5
写真5 八幡市民会館と八幡図書館を望む

図書館と市民会館がこのように同時に見えるアングルはあまりないのではないでしょうか。屋上にあるアーチ状の飾りの中から撮ったものです。

村野藤吾と、北九州の建築

【宮本佳明】
 次に、倉方さんからコメントをいただけますでしょうか。

【倉方俊輔】
 お二方のお話に共感していますので、そこに3点付け加えたいと思います。
 まず1つ目は、この市民会館がなぜ大事かというと、街の物語を紡ぎ直し、未来に新しい像を提供していることです。村野さんは大阪の建築家というイメージがありますが、実は北九州の建築家でもあります。工業国の工業都市で育った村野さんは、当然エンジニアになるものだと思っていました。北九州がなければ建築家の村野藤吾はいなかったんです。村野さんの作品があるからというだけでなく、村野さんは小倉、八幡、北九州にとって非常に重要な人物だと言えます。
 2つ目に、八幡にある村野さんの建築は、モダニズムの中に知的で巧妙な深い面白さを持っています。村野さんは民間の仕事を多くこなしていましたが、宝塚市庁舎のような公共建築の多くは晩年になってから手掛けたものです。その中で、八幡市民会館は1958年と、村野さんにとって早い時期の公共建築で、戦後の都市計画の一部として依頼されました。村野さんは、民間のちょこちょこした装飾的な仕事が上手な人という風に受け止められていますが、そうじゃなくてこれだけの都市計画的な仕事をやってもうまいのです。この建物がなくなるとそれが証明できなくなってしまう。八幡市民会館が存在しているということは村野藤吾を正しく歴史的に位置付ける上でも大きな意味を持つのです。
 3つ目に、群としてあることです。皆さんが言われているように、八幡に村野さんの建築が群として存在していると同時に、北九州市全体にも近現代建築が群として存在しています。東京を除くと日本で1番でしょう。戦前のモダニズムやポストモダン建築も揃っています。「建築シティ」として多くの観光資源を持っていると言えます。そして、近現代の建築の価値を知る上で、八幡市民会館のような公共建築が待ち望まれた時代の作品が、群として残っていることは非常に重要であると言えます。

村野建築の豊饒さ

【宮本佳明】
 今ちょうど、笠原さんの監修で『村野藤吾の建築―模型が語る豊饒な世界』(※9)という展覧会が目黒区美術館で行われています。私も今回、実際に八幡市民会館の模型を学生と一緒につくってみて、初めて知った不思議なデザインが随所にあります。それは設計者の立場で村野さんの仕事をトレースしてみて初めて気づくようなことで、保存されている実施図面でさえ必ずしも正しいとは言えない部分も多々ありました。笠原さんは今回の展覧会を通して、何か村野さんの癖のようなところに気付かれたというのはありますか。

【笠原一人】
 やはり前述したような矛盾が生じているものが非常に多いと思います。例えば八幡市民会館を細かく見ると、つじつま合わせをしているような、不思議なつくり方をしていることが分かります。あえて矛盾していることを見せようとしているみたいです。それは、モダニズムの近代主義的な観点から見れば悪い評価をされますが、現代であればむしろ良い評価ができると思います。矛盾していると指摘したところは、「両義的」であると言い換えることもできます。今回の展覧会では「豊穣な世界」という名前を付けていますが、広い意味での豊饒さを村野建築は持っていると考えています。

【宮本佳明】
 構造的にも相当無理をしています。市民会館の美術展示室は、水平のスリット状にハイサイドライト(※10)を入れたかったためか、長手方向と短手方向の梁を異なる高さで入れています。つまり、床スラブ(※11)が梁の上に乗っていないため、相当複雑な構造になっています(写真6)。

写真6
写真6 八幡市民会館 美術展示室

それ程までに無理をしてでも、見え方を意識したというところに村野さんの執念のようなものを感じます。

 
※6 八幡市民会館リノベーションアイデア募集
八幡市民会館の外観を保存しつつ、内部空間を魅力的に活用するアイデアを募集した。

 
※7 ホワイトキューブ
美術館における、白い壁で作られた展示空間。

 
※8 旧三井物産横浜支店倉庫
神奈川県横浜市にあった生糸倉庫。1910年に竣工し、2015年に解体された。鉄筋コンクリートとレンガ、木を組み合わせた珍しい構造であった。その隣に、事務所ビルとしては日本初の鉄筋コンクリート造である、1911年竣工の三井物産横浜ビルが建つ。

 
※9 『村野藤吾の建築―模型が語る豊穣な世界』
2015年7月~9月に目黒区美術館で行われた展覧会。村野藤吾の建築について約80点の模型や年譜などを通して俯瞰する。

 
※10 ハイサイドライト
高い位置にある明かり取り窓。

 
※11 床スラブ
地震の水平力を柱や梁に伝える構造的な役割を持つ床。


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