市民美術大学 2015 野口 剛
尾形光琳 近世京都のデザイナー

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最後に「光琳工房」についても少しお話しします。

光琳もまた、工房を抱えていた。一人で描いたというよりは、スタッフの助けを借りて描いていたんです。アメリカのメトロポリタン美術館に所蔵される《八橋図屏風》は、一見して《燕子花図屏風》とよく似ています。光琳がやはり晩年に描いた作品で、よく見ると、そこには花の群れによく似たパターンが見受けられます。つまり、《八橋図屏風》は《燕子花図屏風》を踏襲して描かれているんですが、さらに詳しく見ると、《燕子花屏風》では蕾が幾つも重なっているところが、《八橋図屏風》では蕾が一体化して一つの花のようになっているところがあります。《燕子花図屏風》を描いた光琳のスケッチ、型みたいなものをもとにして、新たに《八橋図屏風》を作る際に、スタッフが元々の形の意味を間違えて単純化したために、一つの花のようになってしまったと考えることができます。

光琳だけに限らず、古い時代の絵画作品は、しばしば工房制作です。主宰者である絵師がいて、スタッフが何人かいた。光琳も恐らく晩年にはそういうスタッフを抱えて、制作をやっていたのでしょう。若い頃に描いた《燕子花図屏風》にアレンジを加えて、新たな屏風に再生していく、しかもスタッフの力を借りながら。これもまた、光琳デザインのもう一つの秘密と言えます。

今年は、尾形光琳没後300年という記念の年なんですね。先ほどご紹介した《燕子花図屏風》と《紅白梅図屏風》をともに並べる記念の展覧会が、この春、MOA美術館と根津美術館で開催されました。今日はその展覧会を企画していく中で、私が考えたことを交えながら、光琳という画家、デザイナーについてお話ししました。ご静聴、ありがとうございました。

【参加者】
 光琳は裕福な家に生まれたから、制作にもお金をかけられたんじゃないでしょうか。

【野口】
江戸時代以前は、近代以降のアーティスト=芸術家と違って、自発的に絵を描くのではなく、基本的には全部注文制作だったんです。注文の際に予算が決まっていました。ですから予算によって使う絵具が変わってくるんです。

《燕子花図屏風》はお金がかかっていると思います。この作品の魅力は鮮やかな群青にありますが、この群青は今でもたいへん高価な絵具です。それをこの作品では、目を近づけると、絵具が盛り上がって見えるほどぜいたくに使っている。この良質な群青の豊富な使用が、作品の魅力、もっと言えば、本質的な部分を担っているとも言えます。

44歳前後の光琳がこんな絵を生み出せたのは、それがかなり特殊な注文で、作品にかけられる予算も大きかった故にでしょう。だからこそ光琳は「よし」とがんばってここまでの作品を描けたんだと思います。

【中村】 
 僕は現代美術なのでよく分からないんですが、今日のお話だと、光琳は模倣から作品を作っていますよね。オリジナリティ、オーソリティーというのは、こういう作品の場合どうなるのでしょうか。先日オリンピックのロゴのデザインの一件もありましたが(笑)。

【野口】 
 現代の感覚だと、模倣は悪のように思えますが、近世以前の美術において、過去の作品を写すという行為はむしろ、なくてはならないものでした。今だと盗作だとか、まねしたんだろうとなってしまいますが、この時代は逆に、過去のものを勉強して、それらに典拠をおいて描いていくのが、絵師としては当然のマナーでした。例えば狩野派という流派では、先生が描いた絵の手本をたくさん蓄えておくというのはとても重要で、それに基づいて絵を描いていく。勝手に典拠もなく自由自在に絵を描くのは喜ばれず、むしろしかるべき典拠があることが重要でした。

光琳の場合は、狩野派的な典拠主義ではなくて、過去の遺産を積極的にアレンジしていこうとする傾向が強かった。宗達の作品を写す場合でも、むしろそこに生じる独自性の方が目に付きます。光琳の作品もまた重要文化財になっているのは、そこに光琳ならではの個性が表れているからでしょう。後の伊藤若冲なんかもそうですが、光琳は模写を通じて大きな飛躍を遂げた人で、光琳以前には、こういう例はあまりないように思います。光琳が通常の画家のトレーニングを受けていないということも関係があるかもしれません。しかしだからこそ、《燕子花図屏風》や《紅白梅図屏風》のような、それまでの絵の概念だけでは捉えきれないような造形作品を生み出し得たとも言えます。


野口剛/のぐち たけし
公益財団法人根津美術館学芸第二課長。1997年より京都府京都文化博物館に勤務し、「京の絵師は百花繚乱『平安人物志』にみる江戸時代の京都画壇」(1998)、「近世京都の狩野派展」(2004)などの展覧会を企画。2008年より現在の美術館に移り、「KORIN展 国宝『燕子花図』とメトロポリタン美術館所蔵『八橋図』」(2012)、「燕子花と紅白梅 光琳デザインの秘密」(2015)などを手掛ける。


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